2006年07月

ショート・ストーリーズ・・・並木道のシーン

 街路樹が植え込まれた歩道を1台の自転車が走っていた。

 肩甲骨の辺りまで伸びた真っ直ぐな黒い髪が初夏の太陽を反射して
キラキラと光っている。
 ウォッシュアウトしたフレアーのジーンズにアディダスのスニーカー。
黒のキャミソールが小麦色の肌にマッチしていた。

 ちらっと彼女がこっちを見た時に私と眼が合った。

 「シャ、《サザン・クロス》ノ タレント ヨ。」

 助手席に乗っているアキがそう言った。

 「え、何で解るの?」
 「コノヘンデ バイシクル アルワ アノ オミセ ダケダカラ。」
 「ああ、そうなんだ。」

 この街にはフィリピン・パブと呼ばれる店が2件ある。
 アキは私がよく行く《サンセット・ベイ》のタレントであり、自転車を
漕いでいるのが《サザン・クロス》のタレントなのだ。

 「アノ オミセ イイヨ。バイシクル アル カラ。」
 「バイシクル あったら良いの?」
 「オオ、コンビニ イクノ ハヤイ デショウ。」
 「まあ、確かにね。」

 そう答えながら自転車のフィリピーナを見ていた。
 私の運転する車は信号待ちの渋滞につかまり、今はもう後姿しか見え
なくなっていた。

 アキはミンダナオのダバオ・シティの出身で2回目の来日である。
 今日は彼女の好きな《ステーキ》を食べに行く。つまり《同伴》なのだ。

 アキは誰もが想像するフィリピーナの顔立ちとは少し違う。スパニッシュ
のエキゾチックさとも違うのだが、スッキリとした顔の美人である。
 今まで幾人かのダバオ出身者を見てきたが、どのタレントもそういう系統
の顔立ちをしているような気がする。

 自転車のコはいかにもマニラっ子という感じのフィリピーナらしい顔立ち
であり、今隣に座っているアキとは対照的な魅力を持っていた。

 信号が青に変わり車がゆっくりと流れ出した。
 一生懸命に漕いでたのだが信号で横断歩道を渡りきれずにいた彼女を
通り越そうとした。

 何気なく彼女を見た。

 ”ニッ”っと笑い、親指を立てた右の拳を私に向かって彼女は突き出し
ていた。

 アキの持つ”しっとり”としたイメージとは正反対の今日の天気のよう
な明るい、そして屈託の無い笑顔だった。 

ショート・ストーリーズ・・・ドウイタシマシテ!

 フィリピンの東海上で発生した台風7号は、石垣島を通過し中国大陸
に上陸しようとしている。
 その影響で太平洋側から湿った空気が北上し、関東以西の各地にフェ
ーン現象が起こり相当な気温上昇に見舞われている。

 私は外回りの仕事に一段落を付け、昼食を摂るためにデパートのレスト
ラン街に向かっていた。
 関西で1番大きな都市と言われる街の、JRの主要駅の近くのデパートだ。

 店内に入りエレベーターを探す。
 すぐに見つけることが出来た。
 レストラン街は7階だった。

 エレベーターのドアが開き、私は乗り込み7階のボタンを押した。
 ドアが閉まろうとした時1人の女性が走ってくるのが見えた。

 「アッ、マッテ!」
彼女がそう言った。

 私は慌てて《開》ボタンを押し、閉まろうとしているドアを開けた。
 女性はエレベーターに走り込んで来た。

 「アリガトウ。」
 「ああ、何階ですか?」
 「7カイ デス。」
 「じゃ、同じですね。」

 ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始めた。

 女性は日本人ではなかった。
 フィリピーナだろうと思った。ただ、タレントではなく、恐らく日本
人と結婚しもう長くここに住んでいるようだった。
 やはりタレントとは違う雰囲気は十分伝わる。

 服装が違った。仕立てのいい薄手の生地に淡い花柄のプリントが施さ
れたワンピースにハイ・ヒールのサンダルを履いている。
 ルウィ・ヴィトンのオーソドックスなデザインのハンド・バッグを腕
に下げていた。
 髪は少しだけブリーチ・アウトしてあり、ソバージュ風にパーマがかか
っている。

 南国系の顔立ちで、瞳がとても深く綺麗だった。
 ただ、唇が厚く、鼻の幅が広い純正フィリピーナの特徴が彼女のウィー
ク・ポイントだった。


  *              *             *


 「ケイ、ナンカイ デスカ?」
 「ああ、6階をプッシュして。」
 「オーケィ。」

 カティとは3回目の同伴だった。
 彼女のリクエストに答えるようにファッション・ビルに来たのだ。

 「何を買うの?」
 「ア~、ナニカナ? Tシャツ カナ。」
 「えっ、Tシャツ? じゃ、ここじゃなくても良かったのに。」
 「ソウデスカ?」
 「オオ。ここじゃ全部マハルだよ。ま、俺が買うんだから同じだけど。」
 「アア、ソウカ。モッタイナイナ~。」
 「いいよ。自分の分は良いのを買いなさい。パサルーボンは安いのに
しなさい。」
 「オ~ケィ。アリガトナ、ケイ。」
 「どう致しまして。」

 そう言って私はカティの肩に手を回し、引き寄せた。
 彼女は抗う事無く私に身を委ねてきた。
 唇を合わせた。
 何の香かは解からなかったが、恐らくは安物であろう何時もの彼女
の香りが増幅された。


 5年前、カティとの、そしてフィリピーナとのファースト・キスだった。



  *              *             *


 チーンという音と共にエレベーターは停止した。
 7階だった。
 ドアが開く。

 私は《開》ボタンを右手で押しながら、開いたほうの手で”お先にど
うぞ”とワンピースのフィリピーナを促した。

 彼女はレベーターから出る時に会釈をしながら言った。
 「アリガトウゴザイマス。」
 
 私は答えた。
 「ワラン アヌマン ポ。」

 彼女は立ち止まり、そして振り返りニコッと微笑みながらもう1度会釈
をしてきた。
 
 
 



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